韓国ドラマ「モレシゲ」(砂時計)最終回あらすじ

政権側は合同捜査本部の捜査の進展に危機感をつのらせ、国家安全企画部がウソクを連行する。ドシクはソウル地検を訪ね、解放の条件として検事長にウソクを説得するよう求める。光州事件の戒厳軍時代にウソクが犯した命令不服従を持ち出し、国家保安法違反での捜査をちらつかせるが、検事長は断固拒否する。

夫が消息不明との知らせを聞いたウソクの妻・ソニョンは、ヨンジンに助けを求める。ヨンジンは面会したヘリンから、秘密帳簿の一部を書き写したメモを提供される。ヨンジンは記事を書くが没にされる。落胆して座り込んだ印刷工場で、ヨンジンは老印刷工から、かつての同僚が経営する印刷工場を紹介される。

ヨンジンの書いた記事がビラとなって秘密裏に印刷され、ソウルの街にばらまかれる。追いつめられた政権側は、秘密帳簿で収賄が明らかになったただ一人の人物、カン室長をスケープゴートに逃げ切りをはかる。

ウソクは解放され、カン室長はソウル地検に逮捕される。法廷にヘリン、閔弁護士、テスらが立ち、故・尹会長がカン室長への政治資金として、スイス銀行の秘密口座に多額の入金をしていたことを証言する。ドシクは「2人の酒席に同席したが、金のやりとりは知らなかった」と証言。カン室長には懲役4年の判決が下る。

証言がもとで外為法違反に問われ、罰金刑を受けた閔弁護士は「少し休みたい」とヘリンの元を離れる。

テスへの求刑が迫っていた。ヘリンはテスに面会しようとするがテスに拒まれる。ウソクは友人に求刑することに負担を感じ、担当検事の交代を申し出るが、検事長は「それなら検事をやめろ」とすごむ。

退職を覚悟したウソクは、拘置中のテスとこっそり酒を酌み交わしながら思い出話に花を咲かせ「検事が交代するかもしれない」と告げるが、テスは「他の奴では嫌だ。お前が求刑してくれ」と頼む。

ウソクは光州事件の時、自分の部隊がテスの後輩を撃ち殺したことを打ち明ける。テスは「その後、どう生きたのかが問題なんだ。1人はお前のように、1人は俺のようになった。お前は偉い。本当だ」と、重ねてウソクに求刑するよう求める。

論告求刑の日、ウソクは法廷で述べる。「被告は何度も選択の岐路に立った。そのたびに彼はたやすい道を選んだ。自分の力を使い、より力のある者につくことを選んだ。常識どおり生きようとする庶民の希望をくじくもので、これが最初の罪だ。反省する人を許すことはできても、罪を許すことはできない。この世の常識を守るためだ」。犯罪団体組織・暴力行為処罰法、殺人、特殊逃走罪を適用し、テスに死刑を求刑する。

1986年3月2日、ヘリンやドシクが見守る中、テスに死刑判決が下る。

民主化の風を受けて直接投票による大統領選が行われ、1988年2月、盧泰愚大統領が就任する。テスは死刑執行の日、立ち会いに来たウソクに、母の形見の指輪を手渡す。

ウソクとヘリンは智異山の山頂からテスの遺骨を散骨する。「この人をこうやって行かせることで、何が解決したの?」と問うヘリン。「まだ何も」と言うウソク。

「じゃあどうしても行かせなければならなかったの?」と反問するヘリンに、ウソクは「まだ分からない。先立った友人は『そうなってから何をするかが問題だ』と言った。その言葉を忘れないようにしよう」と、自らに言い聞かせるように答える。

【ところで】死刑求刑と死刑判決の間に、民主化運動(おそらく1987年6月)と大統領選挙(おそらく1987年11〜12月)のニュース映像が挟まっているが、死刑執行の場面では判決の日付が1986年3月と述べており、時系列が前後している。判決場面はウソクが検察席に座っているから地裁判決だろう。

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